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万年筆と私

想い出と父の記憶

数々の万年筆を試してみたが、結果的に「モンブラン」のマイスターシュテックに落ち着いた。小学生の頃は小説家になりたかった。ペンネームも考えて、日々とめどもない文章を書いては、破り捨てる日々を送っていた。

 当時、原稿用紙に書き込んでいた万年筆は「パーカー」であった。

父からもらった、何の変哲もない細い万年筆であり、書き心地も最悪であり掠れてしまうことも日常茶飯事であるものだった。しかし、この万年筆を大事に使っていた。

 父が、くれたものであるというその気持ちに自慢を持っていたからである。

小説の内容は何ともしれない「ミステリー」であり、福岡の街を舞台に連続殺人事件が発生するというものである。当時、内田康夫や西村京太郎、山村美紗に固執していた私は、同じようなストーリー展開を著し、どことなく平凡な小説に成り下がってしまっていた。

 小説とは第一行目の文章にかかっていると、どこかの入門書で読んでいたが、私は第一行目を書いても、後が続かなくなり、ちぐはぐなストーリーになってしまい、誰よりも日記に近いものであると、言われた事も少なくなかった。

 一方、SF小説にも興味を持っていた。

眉村卓や光瀬龍、豊田有恒などに影響を受け、ジュブナイル小説を書くこともあった。内容としては、異次元に紛れ込んだ主人公が、そこで起きる様々な困難を乗り越え、問題を乗り越え、現実世界に戻ってくるのである。

 当時、眉村卓の「とらえられたスクールバス」にハマってしまい、後にアニメ映画化された「時空の旅人」も繰り返して観ていたのであり、私の世界観はまるで異次元に放り込まれたようであり、山の景色や街の風景からもそれ以前とそれ以後では、大きく違って見えていた。今では、小説も書いてはいない。あの時、勉強もせず夢中になって書いていた小説は、既にどこにも残ってはいない。

しかし、これだけは言える。

小説を書いていたお陰で、国語の成績は良かった。今ではPCに頼っている事により漢字は忘れ、作者の意図を行間から読み解くこともしなくなっている。

人は常にその時々で、夢は変わっていくものである。だが、一本筋の通っている人間は何事においてもブレを生じえない。私も早くそのブレを修正して、筋の通った人間ならなければいけないと思いつつ、諦めた小説を深く追求しようと思う。

まずは、日記を書き、日々の日課にしたいと思って仕方ない。

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