• Hiroki Osada

原子爆弾の意義


昭和20年8月6日午前8時15分、広島にて世界初の核兵器が使用された。

長崎への投下はその3日後の午前11時2分であった。

第二次世界大戦の結末は、日本にとって大きな影響を与える結果となった。

被爆77年という時を経ても尚、被爆者の健康被害はその苦しみの傷跡を残し続けている。

その時、一体何が起こったのか、今では原子雲の下広がった惨劇を推し量る術はない。原爆被害を語り継ぐ被爆者の平均年齢は、今年84歳を超え、語り部達の残されたそのタイムリミットは着々と迫っている。

戦後77年、世界情勢の闇は益々広がりを見せている。ロシアのウクライナへの進行、台湾有事の危機、我々はともすれば第三次世界大戦の危機感に晒されていると言っても過言ではない。岸田内閣総理大臣は被爆地広島の出身である。岸田総理は核兵器の惨禍を繰り返さないことが、被爆地・広島が地元の総理大臣としての誓いだとしたうえで、非核三原則を維持しつつ「核兵器のない世界」の実現に努めていくと語る。

先にアメリカでのNPT=核拡散防止条約の再検討会議に、現職の総理大臣として初めて出席して演説したことについて「NPTを国際社会が結束して維持・強化していくべきだと訴えてきた」と述べた。

そして、来年、広島で開くG7サミット=主要7か国首脳会議に触れ「G7首脳とともに平和のモニュメントの前で、平和と国際秩序、そして自由民主主義、人権、法の支配といった普遍的な価値観を守るために結束していくことを確認したい」と訴える。

しかし、世界には今だ1万2705個の核兵器が配備され、「核兵器のなくして、世界の恒久的な平和は成り立たない」とする国々のもと、我々は常にその危機の傘下に居る。

「平和」と何か?私たちは今その疑念を打開する必要性に迫られている。決して核兵器が「平和」を維持しているのではないという事を知る必要があり、世界中人々はその反論者であるべきであり、デモ集会や議論の場では決して解決・変化は生まれない事を知る必要がある。今の「平和」とは幻想であり、理想と現実の矛盾を考えることは、恒久的な課題として残されるであろう。

間違いなく、核兵器の廃絶はあり得ない。現世界は核保有国の牽制によって成り立ち、均衡を保っている幻想の「平和」を保っているに過ぎないことに変わりはない。唯一の被爆国である日本は、今その凄惨な歴史を語り続けていくことしかできていない。各国の「平和」論を統一化することは、果たして困難であるのか?また、軍縮が世界にとって有効な手段であるのか?世界中の人々が真剣に考えるべき時は今であると思ってやまない。

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