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エピソード1ー闇。




 混沌とした世界が目の前に広がっている。茫漠たる大地と舞う雨粒に私は一瞬立ち止まる。私は一体何を考えていたのだろう。何を求め、何を追い、何を語ろうとしていたのだろうか。私の脳裏に思い描く世界は、大いなる疑問を含めた赤黒い渦の中に沈み込んでいるような気がした。私は歩みを進める。この混沌と茫漠たる世界の中を一体いつまで彷徨い続けなければならいのだろうかという不安と疑念を抱え続け、更なる暗夜たる世界を歩む。

 目の前には何もない。暗黒が広がっているばかりである。しかし、細かな雨粒に私は寒気を覚えている。何もない世界に雨だけがしとしとと降り続いていることに私は聊か疑念を抱いている。しかし、これが私の見ている世界の全てであるとするならば、容易に受け入れなければならいのだろう。不確かな足元を見降ろしてみても、自分の足ですら目にすることができない程の暗黒である。

 微かに脳裏に張り付いている記憶を辿ってみると、私は少し前、バーでひとりの女性に出会った。間違いなく、それは幼いほどの恋心に炎をともす僅かな感情の揺らぎであった。多くの疑念もあった。それは、昔の彼女を知らない私の中に生まれた疑念や不安である。誰もが経験するであろう当たり前の感情の発露を呈していたのである。その後、私は率直に「好き」であることを表現、発現したが専らその答えは「ありがとう」という平坦であり無難なものに留まり進展、発展はおろか好転などすることもない。私は日々、悶々と過ごしていた。私は何故か猜疑心に満ちた思いを伝えることもできずにいた。

「君はどんな人だろう」と私は僅かに口ごもってしまった。

「私は、なんでもない」彼女ははっきりとした口調で、私の問いかけに答える風でもなく曖昧な返事をした。不思議な感覚であった。闇黒を搔きわけるような思いにかられた。

そして、その言葉を私の脳裏が飲み込んでしまうまで、些か時間を要した。

「私を知りたいのですか」彼女はそう言いながら、グラスを傾けた。


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